私は青い空を仰いだ。
『何か、考えてた?』
「ううん、ちょっと、私の村のこと」
『そうなんだ……。まあ、良いんだけど、いつまでここにいるんだい』
「夕日が暮れるまでかなぁ……?」
『それじゃ危ないよ。夜になってから行動なんて! どこからどういう風に襲われるかボクにも分からないんだし』
「イヴァルディは優しいんだね。冗談だよ。あと、少しで起きるよ」
寝ながらそう言うと。手を頭の下に組む。見えないイヴァルディがまるでため息をつくように感じた。
あの事件以来私はあの村を捨てた。あの後、イヴァルディから私が何をやったのか聞いたのだが、やはりそれは今でも現実味の無い話である。しかも、あのときは放心状態だったので、なおさら否定し続けて大変だったという。
曰く、私はあの時、あの魔を刀で跡形もないほど滅多斬りにし、そして最後にまた大きな黒い羽を広げイヴァルディも驚くほど強力なエネルギーを発し、魔も村も破壊してしまったという。
にわかに信じがたいそれは、私の目が見たモノを疑わなければ、間違っていないだろう。あの時、私は確かに瓦礫になった村を見たのだから。その後、私は旅へ出た。あの大きくて青々としていて、唯一残った巨木ももう見れないのか思うと心が苦しくなったのを覚えている。
青い空に雲が陰を作った。つかの間の大きな日陰が出来る。風が吹く。太陽に散々焼かれた肌には優しかった。その風はどこかの夢で見た美園に似ていたかもしれない。
「ところで、イヴァルディ。少し自己紹介してもらったけど、詳しく教えてくれない?」
『えっ、何をいきなり。べ、別に良いけど、何で今……』
「なんとなく。悪いかな」
『別に良いよ。結局、黙っててもいずれは話すことだろうしね』
「そうだね。じゃあ、よろしく」
私が頷いた後、イヴァルディは姿が見えない状態でも分かるような自信ありげな声を出し、自己紹介を始めた。
『了解。ボクの名前はイヴァルディ。イヴァルディ・グリーク・マイソロジー。まあ、フルネームは長いから普通に「イヴァルディ」って呼んでほしいな』
『性別は男。年齢は……あ、忘れちゃった。でも、少なくとも君の数倍は生きているよ。ちなみに分類は精霊と言うよりは君たちの概念から言えば神に近いかな。実際、ものを動かすこともできるからね。ものが限定されているけど』
言いながらも、焦っているのか、途中で声が上がったり、普段と少し違うメリハリのある声がちょっと元の子供っぽい声に戻ったりしている。きっと、実体があれば舌をだして、「ペロッ」なんて……それは女の子かな。こういう想像するのも中々おもしろい。
『って言うか、聞いてる?』
「いや、ちゃんと聞いてる。ちょっと、声だけで観察してたところ」
『あ……ヒドッ』
「別に良いじゃない。私の勝手じゃないかな、そういうの」
『あう〜。まあ、いいやとりあえず続けるよ。これからが重要なんだから』
『ボクはこれでも神格化している精霊なんだからね。神格5大精霊の中の1人なんだから』
「本当に!?」
『マジ。大まじめ。まあ、事実上4大精霊なんだけどね。これには事情があって。光の精霊、アリステルが居ないんだ』
「どうして?」
『なんか、詳しいことは知らないんだけど、人間に捕まったとか』
本当だったらすごいことをイヴァルディはさらりと言った気がする。精霊は私にも見えないのにどうやったら捕まえられるんだろう。人間観察が好きな私としてはイヴァルディを観察するために是非とも身につけておきたいスキルではあるけど、大変なんだろうな。
『まあ、お察しの通り。ていうか、ボクを観察するのはひどいと思うけど。恥ずかしくてちっちゃくなっちゃうよ?』
「それ、どこのトンデモ物語よ?」
『はははっ、冗談』
『まあ、ともかく────』
イヴァルディは少しドスのきいた暗い声になった。そして、『──敵がいるとすれば彼らだろうね』そう言った。また、さらりと風が吹いた。
また、日差しが差し出した。この風と光と気温のコラボレーションがたまらない。ちょうど良い機会だ。これを旅立ちの始まりとしよう。
「イヴァルディ?」
『なにさ?』
「これからもよろしくねッ!」
『突然なにを……。まあ、そうだね』
私は返事が返ってくる前に鞄を持ち、巫女服を揺らしながら走り出した。青々と続く空と大地は限りなく続くように見える。私は風とともに走り、大地を駆けめぐる。そして、きっと世界を救ってみせる。その時私は最高の笑顔をした。