目覚めて、1秒。そこにあった光景は見慣れた家だった。
「夢か──」
起きあがって、ふぅとため息をつく
外が明るい。どうやら、丸1日寝てしまったらしい。全く、無意識とは言えあきれてしまう。仕方ないとベットから降りようとした。
「痛ッ──」
何かが脇腹刺さった。少し探ってみると、なにやらつかめる程のものが入っている。
「あ──」
見つけたのは、黒曜石でできた彫刻
どうやら、あれは夢なんかじゃないようだ
形は何かの矛先にも似た形だったが、黒曜石独特の何度も叩いたような痕は無く、私たちよりも遙かに高度な技術で研磨したような滑らかな形だった。生憎、矛先は丸くなっており、武器用に作られたものではないらしい
名前は──覚えてない。あの時聞いたはずだったが、
『ミッレグリージィオ』
ああ、そうだった。これはミッレグリージィオと言っていた。確か、パルテノン様…ってあれ?
──────?
どこからともなく何かが聞こえた。しかし、周りを見直しても誰もいない。ただ、部屋がそこにあり、ベットがあり、そして本があるだけであった。
「空耳かな?」
「────」
呼びかけるつもりで、少し大きめに言ったものの、反応は無かった。多分、空耳だろう。
さて、起きあがってから気づいただが、昨日から寝ていた私は全く着替えていない。つまりは、巫女服のままなワケで。年相応の私としては大分キツイものがある。ただ、そうとは言え、無断で借りる訳にはいかず、仕方ないので今日もこのままで過ごすことにした。
しかし──あの夢は何だったんだろうか?
*
外に出てみると外は良く晴れた青空が広がっていた。もう、雲1つすらない快晴。気持ちよくなって2度、深呼吸した。冷たい空気が気分を和らげすっきりさせた。遠くを見ると、子供達が遊んでいた。なにやら、太鼓を半分に切ったようなものをすり鉢状に布をかぶせたものがあった。あれはベーゴマであろう。私も昔はやった。生憎、女の子には相応しくないと言う理由で、マイブーム半ばで辞めさせられてしまったが。久しぶりに見るのも良いだろうと、ゆっくりと歩いていった
行ってみると、子供は4人居た。大大中小といった感じで楽しんでいる。どうやら、彼らは2対2で戦っているようだった。面白いのは見てる限り1番強いのが、1番小さい女の子だった。彼女は負けまいと毎回、薄平べったい鉄の円錐に紐をぐるぐる巻きにして、一際大きく手を振って投げ入れる。その結果は毎回圧勝だった。それに負けじと他が参戦しているそんな状況のようだ。
「ちぇっ。また、チエの勝ちかよ。ちっくしょー、強すぎだよ
「同意。だめだ。俺たちにはかてねーよ」
やはり──といった感じだ。昔も私はああだったなと懐かしく思ってみていた
そこへ、1人の男の子がやってくる。さっきの負けていた男の子だ。
「ねぇ、七月お姉さんってベーゴマできるの?
「昔は負けなしだったかな。ただ、今はどうか…
「ホント!? だったら手伝ってくれない? いやぁ、チエに勝てなくてさぁ」
どうかなぁ、と考えるポーズをする
しかし、もう心の中ではやってみたくてしょうがない。技術が落ちてないか、とは不安になったが、とりあえず楽しみたいし、所詮は子供だ。変なことを考えても仕方ない。ならば楽しんでやろうと言う気持ちがあった
私はやりたいと答え、コマを貰った。
「じゃあ、七月お姉ちゃん頑張って!」
言われなくても分かってるっ
するするする、とまるで糸を紡ぐように鮮やかに巻いていく、頭では覚えて無くても体は忘れてないらしい。巻き方すら頭では思い出せないのに、いざ触ってみると魔法のように全自動で巻いてくれた。
「勝負っ!
「勝負だよ、お姉ちゃん!」
私たちは視線をある一点、膜の中心を睨み如何に相手を落とすかを考えた。
「開始ッ!」
かけ声と共に同時に糸を引く。やがて、糸に引かれて回転し始めたコマはどんどんと加速して、加速して、加速して─────空中へと舞った。ここからが勝負だ。この先はコマの制御は利かない。ただ、運と技術に任せてコマはダンスする
コマは着地して、楕円を描くように進む。両者はにらみ合い、徐々に近づきお互いの力が膜を削る
そして、僅か数秒後。彼らはお互いの鋭い武器をかざしながらぶつかった。
カァァァン!
一度。
カァァァン!
二度。
カァァァン!
三度
まだ、余裕がありそうだ。
「うぉぉーすげー、三度ぶつかっても大丈夫なんて初めて見たよー」
観戦組は観戦組でその戦いに酔いしれていた
さて、ココまでは互角。ここから一気に勝って見せてやる。
カァァァン!
四度
次もいける。そう思ったが───
やばい、私の方が不安定になってきてる
コマの回転が遅くなったせいで私のコマは多少ふらつきはじめていた。これでは、勝つのは難しそうだ。単純に子供だと思ってたのが裏目に出たらしい。もう少し、引くときの力を強くしておけば良かったか。
カキィィン!
五度
今度は音が違った。見ると、私のコマがとばされている。コマの軌道は大きく放物線を描き飛んでいく、その行き先は……絶望的だった
ただ、その当たったコマも良い動きをしておらず、ノックダウン寸前というところ。すでにふらふらふらと膜の上をさまよっていた
一方、私のコマはまだ空中。運が良いのか悪いのか、大きくとばされたコマは身長の約2倍近くまで飛び、今もまだその半分も達していない。
風が強く吹いた。冷たい風は私の髪を撫で、私を引っ張るように吹いた。
その瞬間、放物線は大きく影響を受け、より舞台に近い形で落ちて行った。向こう側が止まるか。それともこっちが着地するか。その戦いが勝負になった
私は心を無心にして、結果を見守った。
そうしている間にも、コマは止まりつつあり、もう虫の息。一方でもう片方の方はと言うとあと僅かな距離まで近づいていた。
「頑張れっ! 頑張れっ!」
「────。」
女の子が言う。私はただ黙ったまま戦況を見ていた
そして、私のコマが着地──────
「ど、ドローッ!」
結果は引き分け。私のコマが落ちた瞬間、止まったらしい
私は多少残念だったが、すごく有意義な時間を使えたと思う。こんなの何年ぶりだろうか。引き分けとはいえ、こんなに強い相手に同等な戦いをできたことも嬉しかった。
「ありがとう。とても面白ろかったよ、お姉ちゃん。しっかし、以外だなぁ。お姉ちゃん、こんなに強かったんだ〜」
「どういたしまして。これでも昔はかなり活発な女の子だったんだよ。もし、今度があるんだったら、相手にしてもらうね」
私は遊んだお礼に握手をした。楽しかった。つい、表情が緩くなる。これも何年ぶりだろう。お母さんが死んでからは一度もしていなかったような気がする。握手した瞬間、私は言いしれぬものが背中を駆け抜けた。と同時にあることに気がついた。
1人、2人、3人──────
1人足りない。
何度数えても──
1人、2人、3人──────
間違えるハズがない。この程度の計算ミスをしているならば馬鹿だろう。確か私が来たときには4人居たはずだ。もう一度数えてみる。
1人、2人、3人──────
「あれ? チヒロちゃん居ないねぇ?」
やはりと思った
周りをぐるぐると見回してみると、意外と簡単な所に居た。門の前だ。この村には魔物から村を守る為に大きな門がある。その大きさは軽く私の背丈の6倍ほどあり、下には隙間があいている。これには理由があって、社の力を外に流す為だとお母さんが言っていた。その隙間は軽く膝下が入るぐらいは余裕であった。進入するのを防ぐために矛のようなものも同時に付いている。
例えば、そんなところに子供がいたら──?
そして、それが開こうとしていたら──?
大変な事になるのは間違いないだろう。少なくとも笑いごとではすまされない。
門はギギギギッ──と音を立て、力一杯の音を立て開き始めた。
そう、思った瞬間。私は迷いもなく走り出した。危ない。それだけが私にあった。
走り始めた瞬間、私は大きくつんのめってしまった。「あ、あれ?」と私は首をかしげた。足が異常に軽いのである。一歩踏み出すごとにまるで馬のようなスピードが出ていた。男の子の元へ行くまで15歩。そこから、帰ろうと思ったその時にはすでに門がすぐ近くまで来ていた。即座に男の子を抱えて離れ、安全な距離まで行く。そこまで4歩。自分の足が自分のものでないような気がする
まさに疾駆。急激なターンを決めても速度は落ちることなく、それどころかターン自体が私の動きに合わせて動いているかのよう。
────それは思いもよらず、楽しかった。
扉からの道を一気に駆け抜けた道は子供1人分の重さがあるのにもかかわらず、ちっとも重さは感じず、それこそ風船の重さ。あまりの軽さに手放しそうになってしまうこともあった。
子供3人が待っているところに戻ると、
「七月お姉ちゃん、凄い。まるで馬の背中に乗ったみたいだったよ。だけど、ベーゴマだけじゃなくて、走るのも得意なんだっ! また遊んでよっ!」
「こらこら、ちょっと間違えば、大変なことになってたのよ。ちょっとは反省しなさいっ」
「はーい、ごめんなさい…。次から注意するよ」
男の子は反省したように少し下に俯いた
ところで何で門があんなに大きく開いたんだろうか。まだ、男たちの狩りから帰る時間には早すぎるし、自然に空いたと言うのは現実的にあり得ない。あれは少なくとも男6人掛かりでやっと開くかどうかの代物なのだ。ちなみに、あれは魔にはあけられないからそれはあり得ない。何故か。その明細については私の知る限りではないが、一応お母さんによると『魔』というのは、社から出た『気』に逆らえない性質があるという。だから、この扉は内開きなのだ。
私は何があったか確認するために扉の方をみる。そして────
言葉を失った。もう、私の力が及ばないほど、傷ついた男達。それは明らかに致命傷だと思われる大きな爪の傷跡。それ以外にも、私の目にはなにやら青黒い線の様なもので人が塗りつぶされている
青黒い線。これは今まで見えなかった。黒い霧のような魔の象徴は彼らには──無い。
「見ちゃダメッ!」
とっさに私は子供たちの視線を手で塞いだ。あれは、何となく見てはいけないもの。そう直感的に思った。子供に悪影響があると言ってしまえばそうであろうが、それ以上の何かがあれには隠されている。そう、私の勘が言っていた。
痛ッ───
頭痛がした。何かいやな予感がする。あれは何だろうか────
『あれは死だよ』
「誰っ────!?」
あまりにも近く。真後ろで話しているような感覚。驚いて、肩を反応させてしまう。同時にきょろきょろと周りを確認するが、そんな人物は誰もいない。
『僕かい? 僕はイヴァルディって言うんだ。君の持っている、そのミッレグリージィオに憑いている妖精さ』
ミッレグリージィオ
──ああ、思い出した。そう、朝そんなのがあったっけ。朝、それに刺さって痛かったんだけど……
朝──。あ。もしかして、あれは。
「ねぇ、朝から私のこと見てた?」
『あ、ばれちゃったか。そう、見てたよ。君、素敵だね。スタイルも、寝相も。いやぁ、しかし良いものを見せてもらった』
「ッ──、────」
今、一瞬で顔が真っ赤になったのが自分でも分かる。同時に怒りも沸いてきた。しかし、実体が見えない以上は何もできない。ただ、頭の上に湯気を立たせて指を咬んでいるしか無い
できることなら、この場で叩き潰したいと思った。が、そこでキレたら身も蓋も無い。理性を総動員して怒りを抑えにかかる。
『はははっ、怒らないでくれよ。ちょっとからかっただけだよ。ま、それでは気が済まないと思うんで、ごめん悪かった』
生憎、そう簡単に腹の虫は収まらなかった。しかし、それを言っていては今の状況も理解できないだろうし、解決できるはずがない。私は頭が悪いやつとは違うのだ。
「で。あなたは何者? そして、これはどういう状況なの? 答えなさい」
『そう、怒るなって。僕は妖精と言っておけば良いかな。言わば君のペンダントに取り憑いた魔物とでも言っておこうか。あ、でも、あいつらとは格が違うよ。僕はあくまで神族。神の使さ。君と同じね』
一部表現で私が一瞬ペンダントを壊そうと思いました。すいません
しかし、神族も落ちたものだと思う。パルテノンには失礼かもしれないが、こいつは明らかに性格が悪い。人の行動を見てそんなに楽しいか。
そんなことはどうでも良い。私が知りたいのは────
『で、本題。今、君が見えている青黒い線は「繭」。もう、助からないだろうね。あの人たちは。完全に「魔」に食われている』
繭? 魔が人を食う
訳分からない単語が並び始める。まるでファンタジー小説だ。魔王がいて魔法があり、そして世界はモンスターだらけ。今の状況にかなり近いと思う。何もかもがウソのように聞こえる。理解はできるけど、何か空想の中で物事が動いているような──そんな感覚。
『あと──覚悟してね。この後、多分協力な「魔」がくるよ』
魔が来る
確かにこれは魔の仕業であることは理解できるけど、結界があるここで何故──?
「お姉ちゃんっ──? さっきから誰と話しているの?」
「あ」
間抜けだ。子供たちのことを完全に忘れてた。どうやら、私が表情をコロコロ変えながら何もないところに話しているのを見て、不審に思ったようだ。
子供たちはおびえた表情。「どうしたの?」と聞いてくるような目で私を見ていた。
「独り言。大丈夫だよ」
『はははっ。冷やかされてやんの』
お前五月蠅い。少し黙ってろ
そう明確に、初めて思った。
*
「────!!──!!!────!──!!──!!!」
大地が揺れる。最初は余震のように次は本震に至った。それは爆発的な力となり、壁へとぶつかる鋼となる。力は加速度的に強くなり、そして静寂に陥った村は恐怖を呼ぶ。
叩かれたのは先ほどしめたばかりの戸だ。叩かれる度に人は固まり行動力を失う。それは恐れていた事だった。そして、イヴァルディの言ったとおりであった。それはこの町のカスタロフ。その警鐘の鐘が今鳴った。
『さて、前置きはここまで。準備してね。来るよッ!!』
「えっ、なに、何が起きているの!?」
『とうとう始まったんだ』
「なにがッ────」
『彼らも君たちと同じ生命なんだ。でも、違うのは彼らがあの霧を取って生きているんだ。触媒のようなものじゃなくて燃料としてね』
「それがどうしたのよ──。確かに驚きはあるけど、これは何が関係あるの?」
『じゃあ、言い方を変えよう。もし、木を燃やし続けたらどうなる──?』
「そりゃ、やがて木が無くなる…。あ──」
『気づいたかな。彼らが取っていた霧が無くなっていく。そうすると、どうなるか人間だったら、木が無くなったら新たな森や林を探すよね。同じようにように、彼らは何をしたかっていうと、動物を食べ出したんだ』
「……」
私は立ったままそれを聞いていた。
彼らとは多分、魔のことだろう。彼らは霧を食べていた。そして、それが無くなったら今度は動物を食べ出した。そうすると、最後の最後に来るのは人間ではないか。
『ご名答。でも、人間はあまり外へ出ないだろう? 動物の中でも頭脳明晰な動物だからね。そう単純には行かないのは当然だったんだ。でも、人間は美味しかったんだろうね。彼らは人間に対して執着心を持った。だから、彼らは力を付けて実体となったんだ。そうすれば、数さえあればぶっ壊せるだろう?』
「……なるほど。でも、それじゃあ、社の効果なくなる理由にならないじゃない?」
それならむしろ、実体化することでもろに受けることになるのでは無いか?
『そうだね。答えは簡単。社の力は神の力。神の力は物理的なエネルギーには直接変えられないんだ。そう、何かの実体に力を与えないと力は発揮できない。魔は実体になってしまった。だから、論理的な力である神の力では歯が立たなくなったんだよ』
なるほど、と納得させられた。
『あ、そろそろ来るみたいだよ、気合いを入れて──』
みしみしと枝が折れるような音が大きくなっていく、大人達はその場に呆然と立ちつくして、子供は蛇に睨まれたように逃げた。
「逃げてッ──、早くッ!!!」
私はこれまで出したような黄色い声でそういった。同時に言葉が形で現れる。金縛りに遭ったように固まっていた彼らは、はっとしたように気付き逃げていく。
その、声と同時に扉は壊れた。ドーンと大きな音を上げて扉は構成する木材が丸太へと分解される。縄は木っ端微塵だ。縄は凶器となってまるでムチのように空を舞い、大地を叩き付ける
まるで大黒柱のようにそびえ立っていた大きな扉は力尽きるように倒れてしまった。一蓮托生だったそれぞれの木材は今最後の時を迎え、全部で12本の丸太に分割される。それは例外なく、狙ったように村の中心部で落ちていく──
その先には────
──その先には長老が────。
『──……──!』
私は有無を言わさず走った。イヴァルディが何か言った気がしたが、そんなの聞こえなかった。兎に角走る。そして、村人を、私の守るべきものを守らなくては。
さっき以上に足は軽かった。同時に全てがスローモーションになる。自分は変わらない。その世界で、倒れてくる大木の向こうに青い影を見た。
あれ──
さっき、私は何をしたんだろう。爆音と共にそれを考えた。村人達は私たちよりも遥か離れた所に居る。村長の家の近くだ。しかし、木からは遠い。
それに対して私はと言うと大木から倒れた地点から殆ど離れていない。それどころか、あと一歩でも出ていたら当たっていただろう。その先には青い陽炎が見えた。
その陽炎はとうとう村へ踏み込み始める。歩みは──かなり遅い。人の動きをさっきのスローモーションで見たような感じだ。
『す…すごい。凄いよ。』
『さて、ボスのお出まし。そして、ここからが本番。良く聞いて。まず、あいつの周りにいる奴らからだ。でも、あいつらはかなりの数が出てくるだろうね。だから狙いは中心のあのデカイやつだ』
「……それは良いんだけど、どうやって戦うの? 私が素手であいつの心臓でも取ってこい、と?」
『あっ、ごめんごめん。武器はあるよ。君の中にね』
「私の中?」
『そう、君の中。じゃあ、とりあえず、僕の言うとおりにして』
そういうと、まず両手を胸であわせて、と指示してきた。このポーズは慣れていた何故ならば、これは祈りの最初の手順とよく似ていたからだ。神への祈りは一度この動作を行って心を落ち着かせないと行けないという。
『次にそこで堅い鋼を思い浮かべて、堅いんだけど君はそれを自由に曲げられる鋼を』
堅いんだけど自由に曲げられる鋼──それを想像する。青白い銀色の鋼の固まりを想像した。続いてイヴァルディは両手を前に出して、右手に筒を作りそれにぴったり合わせる形で左手を真っ直ぐ合わせろと言ってきた。
私は彼の通りに物事を進めていった。実際、この場に至っても焦りはあった。しかし、やらなくてはいけないことが山積みの状態では焦っていても仕方ない。それに今そんなんことを考えていては問題がまた一つ増えるだけだった。だから、私はその焦りを心の奥底にしまい込んだ。
『良いかい? じゃあ、今度はそれが剣になるんだ。強い強い剣にね。それを想像して────どんな形でも良い。そして、両手を使って一気に引くんだ』
それが剣の形になるのを想像する。それを衝動的かつ慎重に引き抜く。
────それは何とも美しい、そして類を見ないほど見事な刀だった。
手から現れたそれは、緩やか大きな曲線を描き波打ち、芸術的にも磨かれた刃文。妖刀、村正にも劣らないような雅さと、繊細さで表現される刃先。少し傾きを変えるだけで、その表情が変わる刀身。まるで背骨のように全体を支える鎬筋。刀としての本質を導きだすような切先。そして、刀身を絶対に放さないとどっしりと構える柄。それこそ絶句しか良いようが無い刀が私の手に握られていた。
『わあぁぁぁ────! すごいよ! こんなの初めてだ!』
イヴァルディが感嘆の言葉を上げる。それは仕方ないだろう。私はエゴイストでは無いが、まさに一騎当千の刀がここにあるのだ。その銀色の刃が生み出す切れ味は……想像するだけでゾクゾクする。きっと、この刀は彼らの肉片が舞い、骨さえも引き裂いてしまうことだろう。
私は「よろしくね」と一言告げた。それに刀は反応したような気がした。
「さて、この後どうすれば良いの、イヴァルディ?」
『戦うんだよ。あの馬鹿デカイのとね。戦い方は至って簡単だ』
分かっている。この仕事ができるのは私だけだ。今までも、これからもそう。だけど、その責任────だろうか。大きな重圧が肩の重みとなって被さってくるのが分かる。失敗しないだろうか、失敗したらどうなるだろうかなどと考えてしまう。
しかし、考えても仕方ない。失敗するのは因果応報。逆に緊張することで確率を上げていけない。例え、私が滅びても他のだれかがやってくれるだろうなんて、気持ちは持ってはいけないのだ。失敗は失敗。それで良いではないか。
『大丈夫。君ならできるさ』
「分かった。やってみる」
淡々と喋る。
感情は掻き消すことにした。そうしなければ、感情が邪魔して失敗するかもしれない。これは私の人生史上最もハイリスクな賭けであろう。それには万全な体制しなければ決してできないであろう。
「──で、あいつにどういうことをすれば良いの?」
『いつも通りやれば良いさ。後は僕が指示するよ』
いつも通りって────
「……悪いんだけど、私、一度もああいうの倒したこと無いんだけど」
『……ホントに!? 嘘じゃなくて、冗談なんかじゃなくて、本当なの、一度も魔を倒したこと無いって!?』
この場になって嘘つくか。
私はそう思うとこくんと頷く。
『うわっ……本当なんだ。冗談なんかじゃなくて本当なんだ……。パルテノン、人間違えたんじゃないのかな……』
「……」
全く失礼な。
その一言を言うと唸ったような声を出しはじめた。何か考え始めた。一方で私はただ一人残されたわけで。少し、周りを観察してみることにした。
もう、村には殆ど人がいなかった。魔の動きを除けばすべてが静寂、そして平和。魔はその静寂を解き、崩壊させようとする。しかし──イヴァルディの言ったことは少し間違っていたようで、社の力は多少なり効果があるようだった。魔の動きは鈍く、動きと連動するようにご神木の葉が光輝く。
まるで生命があるかのよう。キラキラと一枚一枚が、独立するように色とりどりに変化する。私は数秒程度のその時間にその現象に見入ってしまっていた。
『わかった。その場でアドリブでやるよ。君は僕の言葉についてくるだけで良いよ。多分、今の君ならそれで十分だ。──って、何処見てるの?』
静寂を破るように「アドリブでよろしく」と言ってきた、イヴァルディ。
そのときは私は魔ではなく、キラキラと輝く木の方を見ていた。
『あの木が何か起きてるの?』
「いや、何でもない」
あの光はどうやらイヴァルディでも見えてないらしい。
折角、綺麗なのに。
残念だな、と思いながらも未だ光り輝く木を横目にイヴァルディの話を聞くことにした。
『まあ、いいや。じゃあ、始めるよっ! まずは剣を構えて』
そんなぶっきらぼうに言われても、と思ったが……。
意外にも簡単にそれなりの構えができてしまう。ただし、それは女の構えではなくて────力を入れなければ切れない男の構えだった。というか、男でもこの構えはきついであろう。今私は、右手で持って左手を支えに使っているのみである。つまり、右手に殆どの力を掛けて切るわけで。それは並大抵のことじゃない。
私も好きでやってるわけじゃない。何故かこうしろと、私の中が訴えてくる。そして、それには逆らえず何となく、従ってしまうのだ。
『そうじゃない、もっと楽な構えで良いんだよ!』
「でも、これしかできないのっ!」
『……? もしかして、君それしかできないの?』
足を開いたまま構える私に、イヴァルディはやはりダメだしを出す。
────!!!
地響きがする。魔がエネルギーに逆らって動き出している。
イヴァルディは『真っ直ぐ、心臓を叩き付けるんだ』と良い、その場所を『青い部分』と指した。とりあえず、手を見て入れば私の早さなら攻撃は当たらないだろうという。
『さぁ、行くんだ。Goのフラックが落ちたら行くんだよ』
「フラックなんて無いじゃない」
『はははっ、冗談さ。じゃあ、行くよ』
イヴァルディの言葉に冷静に応えたものの、実際は顔は笑っていた。これから始まりそうな、宴にまるで酔いしれるかのように。
────Go!
同時に走った。凄い早さである。さっきよりも早いのでは無いだろうか。
音に迫る早さ。そのスピードで一気に近づく。
『今だッ!』
イヴァルディの声がする。それと同時に鋼の大きな音。そして、肉がちぎれ、舞う。その音が駆ける。耳が痛いほど鋭く、視覚は追いつかない。あれほど、彼が不安がってた刀の構えに対しても全く負荷を感じない。
翔るように、一度刺した場所から離れる。
その直後、黒くて大きなモノは断末魔に似た叫び声を上げようとして、身をよじる。
それを無視し、体制を立て直し、2度目へと向かう。
敵の挙動など知ったことか。私は村を守りたいだけだ。
大きく円弧を描き、また凄いスピードだ。このスピードなら、村を一周するのに瞬きを2度する前にたどり着くのでは無かろうか。
また、大きな鋼の音。2度目も必中だ。ただ、今度は1度目のように上手くはいかなかった。1度目は巨人のような彼らの左腕に乗り、そこから横に大きく飛び上がり心臓を長い刀でひと突きにした。だが、2回目は同じ戦法は右腕が上がっていたために出来なかった。2度目は左腕側から刺した。
なんだが、学習能力があるのか無いのか分からないヤツだ。一度やったら、片方は上げてもう片方は上げない。それはなんだか、機械的な動きだ。
さっきと同じようにまた手前に戻る。戦いの基本は定位置に攻撃したら戻ること。これはあらゆる遊びでもそうだ。そうしなければ隙が出来る。
私は2度目の攻撃に入った、今度は同じ手法は使えない。なら、どうするか、考えろ、紫白七月。何か手法はある。
『正面から行くな!』
考えろ。
風の切れる音が────街の風景が────敵の影が────私の集中を妨げる。
もっぱら、方法は無い。それが結論、それなら正面突破と行こうじゃないか。あいつの足に駆け上がってそして刺してやろうじゃないか。
そして────走る速度をさらに速めた。
ルートを中央に定め、翔る。薄い円弧を描き、脇へと入ると一気に大きくジャンプ。足の鋼を利用したそれは容易く心臓まで届く。そして、最後の最後と大きな刀を両手に構えた。そして、一気に────
赤い鮮血がしたたり落ちる。
よしやった。村を守れた。そこで離れようとする。
「あれ────?」
スタッ、と音を立てて、地面に降り立った。直後、意識が不明呂になり、混濁していく。
どうして、私はあいつを──。
『おい、大丈夫!? 七月、紫白七月!?』
「……」
七月、紫白七月は起き上がった。
周りを見渡す。村、破壊された門、そして魔。すべてが記号的だった。
「……」
彼女は何かを見ると魔の方向へ向かった。
*
────カラン
静けさを割るように入ったその音は、自分の持っていた刀だった。
周りを見てみると、何もない。ただ、瓦礫だけがそこを埋め尽くしていた。中には魔であったであろう千切れた破片や、家の残骸らしきものが転がっている。
「ね、ねぇ? これ何なの!? ねえ、イヴァルディ!!?」
「────。」
「ねえ、イヴァルディ! 黙ってないで、答えて。これやったのは誰なの。きっと、魔でしょう? やったのは魔なんでしょう!!」
「やったのは────」
何故か分からないけど、足が震えていた。怖いわけじゃない。いや、怒りにもにたものだけど違う、何か恐ろしいものが私のうちにあるような、喪失感のような感覚。
「やったのは……君だよ」
「えっ……?」
その時、私はイヴァルディが言っていることが理解できなかった。