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HOME > Story > 黒羽の神使 > 1話 『始まりは木の下で』

■第1話 / 始まりは木の下で

 海に面した小さな村。それは村と言うより、集落であろう。
 村の中央には大きなご神木が立てられている。樹齢1000年近くあろうかその大木。周囲は大きな穴が掘られ、ご神木はその穴の中にすっぽり収まる形になっている。それでも葉は精力だけはまだまだあるよと、茂っていた。
 その中心。木の隣には神社があった。所々剥げて居るその祠のような小さい神社。その周りは意外にも綺麗で、掃除だけはきちんとやっていることが分かる。神社は神を祀る社。そして、神はその見返りに人々を守るのだから、人々が安定の為に掃除するのは当然であるが。
 そんな小さな神社に少女が居た。赤い袴に白い振り袖。肩と手首付近にあるワンポイントの赤が目立つ服──いわゆる、巫女服を着た少女が、祈りを捧げていた。漆を思わせるセミロングの黒髪は肩の下までおり、頬のあたりを通る髪が象徴的だ。黒くて白い、そのコントラストが彼女の象徴だった。大和撫子という言葉がしっくり似合う彼女だが、顔はまだ幼さが残っていた。

「神よ。我は罪深き人の子、どうか我を……いや、罪なき彼らを助けたまえ……」

 唱える少女。
 まだ、不慣れな巫女の仕事。まだ私語が出てしまう。巫女になってからもう、4年が経つ。今でも少女は少女、小さな──見た目160cmにも満たないこの体に一体なにが有ったかなど計り知れなかった。
 それが、今の私。そして、これからの私となった。

  *

「おーい、怪我人だ! 魔にやられたらしい。紫柏様を呼んでくれ!」

 私の名前が呼ばれる。私は紫柏七月(しはくななつき)。この村の巫女。
 そして、魔。10年前突如あらわれた、目に見えない怪物。見えない故に色々な噂が流れている。神の使い、悪魔の手下、いやいや、人間の悪霊など──都市伝説ならぬ神話ようなそれは、その域を超え現実に多くの被害を与えている。

 その叫びが聞こえた私は目的地へと向かう。階段を上り、村の北へと向かう。
 着くと紫柏様、紫柏さん、七月様、七月さん──様々な呼び方をされる。どれにしても敬われているのだが、気分は良くない。もう少し、砕けてても良いのに。どうも、こういう風にもてあそばれる様になるのは性に合わない。そんな風に言われる為に私は巫女になった訳じゃないのに。
 そんなことより怪我人。
 怪我を見ると、致命傷では無いが、魔にやられたであろう毒の痕が首筋にくっきり残っている。丸いタトゥのような紋章。さながら魔法陣のようなそれは二重の円の中から放射状に出ているトゲのようである。とても、自然が作ったと思えないような、恐ろしい正確さと技術をもって書かれているその痕は、私は嫌いだった。この紋章を見る度に人は弱り、自然も弱り、そして、私も弱っている。この世界が消えて無くなってしまうならそれで良いと思うこともあるぐらいに。
 怪我の方は対したことは無かったが、一応、解毒が必要なようである。本音では解毒は実のところあんまりしたくない。相当な体力を消費するからだ。しかし、必要ならばせざる得ないのは職業柄仕方ない。

「ちょっと、退いて」

 怪我人が寝ている担架の横で私は首に手を当てた。腕には包帯、足には簡易ギブス。
 体の方も大分大きなダメージを受けたらしい。幸い、こちらの方は対応が早く命には何の問題もないらしい。集中する上でこれはかなり有り難い。それは私が彼の体に触れなければならないからだ。致命傷を負って、その上で解毒をしようとすると体に負荷が掛かり、痛みが増してしまう可能性がある。そうなれば、痛みにのたうちまわるのは防げない。それでは解毒なんて到底不可能になってしまう。それだけないだけ大分マシなのだ。
 彼の鼓動が聞こえる。この業の中で終わり以外に唯一、安心して落ち着けるのがこの瞬間だ。とくとくと伝わる鼓動は安心と同時に集中力を増幅してくれる。
 さて、ここからが本番だ。手に力を入れ、何かがそこへ入り込むようなイメージを浮かべる。手には大きな変化は起きない。しかし、私の手の中はなにやら煮えたがる塊のようなものが徐々に熱を増して、マグマに匹敵する熱さへと変化する。

痛ッ────

 同時に全身に痛みが走る。それは一瞬だ。その刹那の次には、彼の体にかざしている右手に痛みが移動していく。

 痛い、痛い、痛い。腕が痛い。感覚がない。手が別のものに──なっていく。
 指、手、腕。全て感覚がない。痛いという感覚と同時に来る熱い塊は私の神経すらも焼き焦がす勢いで、熱を帯びていく。
 あまりの痛みに、熱さに目を覆ってしまう。目を開けられなくなってしまう。目の前が真っ暗になってしまう。

 痛いのは手か
 痛いのは腕か
 痛いのは頭か

 目を瞑ってしまった私にはもう彼など見えない。しかし、それなのにも関わらず、彼の体を感じられる。そして、光が見える。その光はどんどん大きくなっている。おそらくは私の手のあたりから出ているのであろう。一方、彼の体には黒い光が見える。これが毒。そして、魔の残痕。
 私はそれをすくうようにひろう。手には感覚は無いが、イメージが手に伝わる。動いているのも手ではない。煮えたぎる熱さを兼ねそろえた赤い光。それが私の形となり、私に共鳴する。
 最初はコレを見たときは、私はパニック状態に陥った。あの時、私は巫女になりかけで、何も分からなかった。今は違う。巫女だけに与えられた斬魔の力。1人でも多くの人を救いたい。それが今の私を突き動かす。
 光の手は魔を救い出すと、残痕が抵抗を始めた。暴れ、苛立ち、そして暴れる。それを繰り返す魔はこの光から逃れることはできない。魔の残痕は窮地に追いやられていた。私は──私はこの邪悪極まりない魔を──全ての力を持って──

──握り潰した

 黒い光の魔はわあぁと大きくライオンのようにやったかと思うと、バラバラになった骨のように雲と化して、そして霧のように消えてしまった。

「お、終わり、ました──」

 辛うじて意識があった私はその体勢のまま村人達にそう伝える。
 もう、限界。あまりにもきつすぎる。私の体はフルマラソンをしたときよりも重たいだろう。右腕は普段でない血管が浮き出て、手全体が赤くなっている。指は動かすこともできなかった。手だけでは無く、足も同じ。癪にかかったようにガタガタと震え立つこともできない。
 嫌な予感がした。1人の解毒を行っただけでこうなるのだ。複数人来たら──

「大変だ!」

 予感は的中した。同じように解毒を求める村人が他にも居たのだ。しかし、私の力ではもう無理かもしれない。いや、彼らは待っている。そう、私の解毒そのものが命の救いなのだから。
 息は喘息の前触れのように上がり、心臓は限界と叫びを上げるように全速力で血液を送り出している。体の中は疲れでいっぱい。でも、彼らは待っている。だから、やらなければいけない。そう、私がやらなければ誰がやるんだ。
 ありったけの筋肉を使って、立ち上がる。しかし、まだ完全に回復していない足はそれを許さず、痙攣を起こし始める。足は千鳥足。おそらくは赤ん坊の歩みや酔っぱらいのそれより無様だったに違いない。それでも、それでも私は行く必要があった──

──バダッ

「七月さま? 七月さま! しっかりしてください、七月さまっ!」

  *

 ふわふわとした何か。私の上下にはさまれるように被さっている。サンドウィッチに挟まれたハムのよう。暖かく、そして柔らかい。目の前は暗く、何も見えない。開けられない。体が極端に重い。というか、動けない。重たすぎる。いっそのこと、この上に被さっている何かを──どけてしまいたい気分だ。

「紫柏──」

 だれかが、私の名前を呼ぶ。暗い世界の中、私は寝そべっていた。何も見えない空、黒幕のそれはどこまでも続いている。

「紫柏──」

 地面は黒い何か。でも、それは柔らかい。そして、暖かい。だけど──

「紫柏──!」

 他に誰も存在しない。いるのは私だけ。ただ、私だけ。ここは私だけの世界。他は誰もいない。存在しない。でも、声がする。声が、声が、声が、声、声、声──

「うるさいっ──!」
「なんじゃ、いきなり騒ぎおって」
「えっ?」

 私は現実に戻っていた。本を読んでいる長老。だとすれば、ここは長老は長老の家なのだろう。叫びを上げたことに驚いた長老はよってくる。

 私の名前を呼んだのはこの村の長老だったんだろう。私はなんだと、このベットから起きあがろうとするが──

──体には力が入らなかった

 力の使いすぎ。私の悪い癖である。それ故に長老のお世話になったのは一度や二度ではない。なんどあったことか。当然、今回もそれが祟った訳で。

「無理するな。お前さんはいつもそう無理をする。なんじゃ、どうやら今回のヤツは奥深くまで巣作っておったらしいな。ただ、ちいと無理しすぎなんじゃないかの」
長老は起きあがれないのを知ってか知らずか、そんなことを言ってくる。

「そうかも…しれませんね。しかし、力を抜いたらあの魔の毒を抜くことはできないですし、第一──」
 そこで一息つく。大きく深呼吸する。
「──第一、私にもあの力は制御できないんです。私じゃない誰かが──私なんですけど、なんて言うか、私じゃない何かの力が私を使って、私を操っているような感覚なんです。やってもないのにそれを覚えているですし」
 長老は表情を変えない。
「それはおそらくは──巫女の定めじゃ無かろうか。お前さんが巫女である以上の決まりじゃな。まあ、どちらにせよ、今のお前さんには何もできまい。なにせ、起きあがることも不可能なんじゃろ?」
 心を見透かされたように言われた一言。
「どうして、それを?」
 私は長老に尋ねた。
 しかし、長老はそれに対して「そんなのお前さんの顔見れば分かるものじゃ、ふぉふぉふぉ」っと、言って向こうへ向かってしまう。寝ている私はそこから先はどこ行くのかは分からなかったが。

「少し、待っておれ。昨日見つけた良いものをやる」

 と、言って居なくなってしまう。おそらくは長老の持つ本倉庫へ行ったのだろう。
 ちなみに長老の本倉庫は私もよく利用させてもらっている。私だけではなく、町中みんながだ。いわば図書館である。それぐらい、長老が持ち得ている本は多く多種多様であった。中にはこの世のものなのかどうか怪しいものすらある。こういうのはどこから調達してくるのか是非知りたいものだ。
 ちなみに貸出しは無料で自由である。それが故に事件も起きる。笑えない話だが、ある儀式用に書いたメモの束を本だと勘違いして借りられて儀式が中止になったなどというエピソードもあった。

 地下へ向かった、長老から返事が来た。もうしばらく掛かるそうだ。どうやら、本の場所を忘れてしまったのとこのと。
 もう、少しは整理してよ。長老。また、雪崩が起きて埋もれたらどうするの。

 そう、思いながら、私は眠りにつく。どうせ、時間があるんだから、これぐらいは許されるだろう。許されないんだったら、少しだだをこねてみようかなどと考えながら意識はまた夢へと消えた。

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