坂を下る。
背中から気配を感じる。気配という言うよりかは音に近いものがあるが。向こうは明らかに自分に追っかけている感じがするが、もう毎度の事だ。結局は自分は捕まえられ、その後尋問に近いことをされ、結局は俺のせいにされてしまうと言ういつものパターンが脳裏に浮かぶ。逃げるべきか、いつも通りせこせこ付き合うべきか、いや、付き合うのはまっぴらゴメンだ。
「まって〜、静治〜!」
「誰が待つか〜!」
無邪気に呼ぶ声がする。声はきれいだが、あれは魔の声だ、あの声にだまされた回数は数え切れないほど多い。学園内で多く居る彼女のファンもおそらくこの声にだまされているのであろう。
「はぁはぁ、やっと離れたか」
「自転車VS足」所詮向こうに勝ち目が有るわけが無い。
徐々に遠くなっていく彼女をちらっと見ると、勝ち誇ったようにガッツポーズを取る。ただ、油断はならない。あの、神出鬼没女のことである、どこから出てくるか分からない。
道を右折する、その瞬間何故か大きく外側に押された気がするが、この速度で曲がったんだ、その反動だろう。
それにしてもなんか重い。というか、自転車自体の重さが二倍ぐらいの重さになった気分だ。
「しかし、あの神出鬼没女め、俺をいつもこき使いやがって」
愚痴を空に投げかける。あいつへの怒りが少しは和らぐ。
「何が、神出鬼没女? 私には舞って言う名前があるの! そ・れ・に、私はただ、近道をしてるだけじゃない」
「わっ!いつから、そこにいた?」
…驚いた。いつのまに乗っかっていた。あの曲がる瞬間が重かったことを考えると、少なくとも学校からの坂を下りて、曲がった瞬間には乗っかっていた事になるのだが、それよりも人間の足でどうやったら俺に見つからずに乗ることができるだろうか?
あいつは神か。
「いいからいいから、このまま駅前のゲーセンに直行して」
俺の申し立てはことごとく流され、その挙げ句にゲーセンへ行くことを強要される。
「俺はタクシーじゃないんだ。ゲーセンに行くなら自分で行ってくれ。それにいつ乗って良いって言ったんだ俺は」
「静治、ひどいよ。確かに無断で乗ったけど、私は静治が好きだから、乗ったのに。他の人には乗らないよ」
若干、涙目で言うが、俺はだまされない。こいつが演技上手なのは百も承知の上だ。伊達に小学校からつきあってる仲ではない。人はこれを腐れ縁と言うが、この縁は腐ってるどころか、どんどん新品以上に強靱になってるように俺は思う。まあ、あいつから俺の対しての縁のことだけであるのは言うまでもないが。
「台詞が棒読みだ。嘘ばっかならべても俺はだませないぞ。そんなの散々聴いたからな」
「あら、やっぱり、静治には利かないのね、これ。まあ、良いかな、じゃあ、静治の分もおごってあげようと思ってたのになぁ。静治って、ゲーセン嫌いな訳じゃなかったよねぇ〜」
うわっ、来た必殺猫撫で声。これで落ちた男子は多いらしい。しかし、それよりも今回の方では、ゲーセンに行くがただでできることに魅力を感じるが。さて、どうしようかな。非常に魅力的だが、あの桐生に屈することをプライドが許さない。
「…」
「迷ってる迷ってる。私は別に構わないんだけどなぁ。行かなくても。あっ!」
突如、彼女が何かを発見したような声を上げた。
「ちゃ〜ん!」
「あ、桐生先輩。さようならです」
「桐生だけしか目に入らないのか、お前は」
通過するときに里奈の頭をコンと叩く。
「痛ったっ。お兄ちゃんひどいよ。あっ、夜ご飯用意して待ってるから早く帰ってきてね〜!」
理由が通りすぎる俺に向かって叫ぶ。里奈が夕飯を用意してくれるなら早く帰らなければ。里奈の料理の腕は料理部でも、知人からも有名である。そんな、うまい料理を棒に振るようなことは俺にはできない。
「了〜解!桐生をなるべく早く撤収させて帰るよ!」
何か桐生が言いそうだった。顔がにんまりしている。桐生はどさくさに紛れて何かを突っ込むのがうまい。自分のしてることには一切つっこまいのだが。少しは自分自身に突っ込みを入れてほしいところだ。
「よっ、シスコン! あと、それは了承してくれたって見なして良いのかな?」
予想通り。
「嫌だ。って言うか、どさくさに紛れて人の品相疑われるような事言うな!」
ちゃっかり、良いやがって。俺はシスコンじゃなくて里奈の料理が好きなだけだ。
「ナイス突っ込み!私の突っ込み役にならない?」
また流された。しかも、もう、すでになってますが、何か?
「嫌だ、…って言っても、すでになってるけどな。もう、何度突っ込んだか覚えてないよ。しかし、シスコンはひどいだろ。第一、お前も里奈の料理を頂きに来てるじゃないか」
「あれ、そうだっけ? 里奈ちゃんの料理っておいしいからね。ついつい、つまみ食いしたくなっちゃうわけでして」
しばらく、自転車を濃き続けるとT字路にたどり着く。これを右に曲がれば自分たちの家、逆に左方向に行けば、ゲーセンを始めとした駅前繁華街がある。しかし、俺は里奈の夕飯が食べたい。そこで、桐生に黙ってハンドルを右に向ける事にした。
「里奈の料理がうまいのは分かるけど、お前の料理はプロ級だろ。里奈の料理より断然うまいと思うの…わっぁぁぁぁあああああ」
見ると俺以外の第三の手がハンドルをつかんでいる。しかも、後からは前は見えてないハズだ。当然、俺のコントロールを失った自転車は一瞬バランスを崩してしまう。その間に桐生が手際よくバランスをとり、自転車を左向きに変え、駅前繁華街へ向け直す。そして、バランスが整って来た頃、また、俺にハンドルをつかませ、運転をさせる。
なれてるのだろうか?手際が良すぎる。
「桐生、お前、何でこんなに手際よくできるんだ!?」
話の途中で有ったことをそっちのけで、それを聞いてしまった。
「ヒ・ミ・ツ。まあ、そんなこと良いじゃない。あと、おごりの件は私に勝ったらね。まあ、私が選んだらかわいそうだから、ゲームは好きに選んで良いよ。まあ、静治が私に勝てる分けないんだけど」
「何!そこまで言うなら挑んでやろうじゃないか。勝負だ!」
「おっ、やっと本気になってくれたのね。ま、負けたら、全額負担ね」
そんな、やりとりをしながら駅前繁華街にある最近できたゲームセンターへ向かう。
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結局、勝つことはできたが、桐生にカラオケまで付き合わされ、帰るのは21時を回ってしまっていた。当然、里奈の作った夕飯を食べることもできず、しかも、家族と里奈に怒られてもしまった。
何でこうなるのかな…。
The END