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■死神には赤い傷を

『廊下は走ってはいけない』
 この言葉がどんな意味を持っているのか、それだけでも知っておくべきだった。
「肝試ししようぜ」
 1人の男がそう言った。
 私たちは学校にいくつもある仲良しグループだ。メンバーは私も含めて4人。私以外は3人とも男である。まあ、いわゆる幼染みの腐れ縁というものだ。
その中の1人、小野沢直人が今回の企画の首謀者だ。
「「はあ?」」
 私も含めた全員が同時に同じことを言う。
 当たり前だ。今は秋口の9月。とっくのとうにその時期は過ぎている。普通なら、肝試しは7月や8月といった『怪談に相応しい時期』にやるもんである。
「はあ? じゃねえよ、肝試しだよ、き・も・だ・め・し。アンダスダンド?」
 いつもより気合いの入った口調。何か目がキラキラしている。普段から、こいつはリーダー的存在ではあるがこんなことは滅多にない。何かある。絶対。
「はあ。なあ、何かあったのか?」
「俺たちの行ってた小学校覚えてるか? あそこが廃校になったんだ!」
「小学校…ああ、新東小学校か。なるほど、あそこなら古いからな」
「止めておこうぜ、あそこにはあるジンクスみたいなのがあったじゃないか」
「ジンクス? なんだっけ、覚えてないや」
 もう1人は乗り気でもう1人は何かをおそれているようだった。一方の私はというと、基本的にそういうのは信じていなかっただけあって、どちらでも良かった。ただ、そのジンクスとやらが、頭の中で多少引っかかった。
「ああ、『廊下は走ってはいけない』か」
「そうそう、なんかあそこそれだけにはうるさかったよな。だから、興味あるだろう? それが何を意味するのか確かめるチャンスと言う訳だ」
 その後、私たちは多数決を行った。結果、4人中3人が手を挙げた。
 行くことに決まった。
 9月も終わり。決めた日はそれを狙ったかのように、暗く湿っていた。その中で廃校となった巨大なカタマリは黒い反射と共にその鋭さを増していた。
 時間は丁度1時を回った頃だった。冷たく光る銀色の月が雲の隙間から時より顔を出す。
「うわ一、また雰囲気あるなあ、これ」
「…やっぱ、やめね?」
 1人が足を止めて言う。
「何いうと思ったら…。私だって、怖いのにちゃんと来てるのに、望月くんはそんなに恐がりなんだ。な一んだ、だらしない」
「こ、怖くなんか、ないさ」
 その格好はへっぴり腰で、私たちはそれをちょっぴり笑った。

「さて、誰が一番に入る」
「とりあえず、俺だ! 言いだしが最初に入らなきゃ誰が入る!」
「ご自由にどうぞ。で、残る2人だけど──」
 私ともう1人をみて、はあ、とため息をついた。
 仕方ないじゃん、怖いんだもん。
「──お二人さんとも自分で決めて…って言うわけには行かなそうだね。じゃあ、引いて」
 ぱっと、胸ポケットから紙を取り出した。用意が良いな、こいつ。しかし、何でこの場に及んで制服なんだろう?
 紙は私ともう1人、望月翔太に配られた。もちろん選んだが。
 結果は私が4番。最後となった。
 実際、肝試しが始まると、一番最後というは結構暇である。実際、最初の方の勇気があるやつら(?)は何事もなく終わったことに腹を立てていた。
「おっ、望月のヤツ終わったらしいな」
 遠くに白い服を着ている人物、おそらく望月くんだろうと想うが(望月くんは白いパーカーを着ていた)、こちらにゆっくりあるいてきた。
「はい、次は宮野行ってこい」
「……はい」
 従順に答えたものの、その場から逃げたい気分になっていた。
 仕方なく、一歩ずつ校舎へ近づいていづた。歩いている途中には当時としても珍しかった、木造の大きな黒い影が近づいてくる。足の感覚がリアルに土を潰していき、溝を作っていく。残暑が残る風は間欠的に頬を逆なでしてくる。まるで挑発のようだった。
 途中で、望月くんが横を通った。
 彼の顔には血がなかった。
 校舎に入るとそこはライトなしでは最後、二度と帰ってこれないような場所だった。実際は廃校となったと言っても、1年経っていないだけあって内装はしっかりしている、そう言う印象があった。
 ルートは特に決められていなかったが、私は1階の廊下を通って目的の黒板までたどり着こうと思った。
 1階の廊下を歩いていると懐かしいものを見つけた。
『ろうかは走ってはいけません じどう会』
 紙は私の頃から全く変わって折らず、墨で書かれていたものがそのまま貼ってあった。ただ、時間が経ちすぎているのか、色が変色して────
「────! 誰、だれ!?」
 ……反応はない。
 私の後ろを風が吹いた。慌てて周りを見直しても誰も居ない。よく見ると保健室から布が一枚ひらひらととなびいていた。さっきまで、職員室と保健室、そして校長室を通り過ぎたが、風なんてなかった…ような気がする。
 廊下から窓を見ると、雲が銀の円を隠したり、放したりしていた。

 目的の黒板は2階の階段の奥にあった。
 そこには4つの名前が書かれていた。
「えっ……」
 『直人』、『翔太』、『朝児』……そして『なつき』。
 完全に手が止まってしまった。今、肝試ししているのは4人。その4人で一番最後の私が書く前に4個の名前があることはあり得ない。しかも、その名前は私の名前でもなかった。
 私の名前は「桐生亜夜』。
「……そ、そんな……わけ、ないわよね」
 これは偶然だ。きっと、元々あったものか、あのバカどもが書いたんだろう。
 そう、振り向いて帰ろうとした瞬間。
 ばっと、振り返る。今何かの気配がしたような気がする。何もいない。
 私は怖くなって怪談を早歩きでどんどん降りていく。そして、向こうもどんどん近づいて来る。1階の廊下までたどり着いた。気配は消えないそして“走っだ”。
 それは保健室を通り過ぎた頃。
 急に後ろの気配がなくなった。
「はあ、はあ、はあ、良かった────」
 気配がなくなったのを良いことに私は休んでいた。肩で息をしながら、手を膝に付けながら、立っていた。
 疲れてゆっくり歩こうかと思ったその時。
「あ、あれ?」
 横を向いたその瞬間から動けなくなってしまった。言ってみればたった状態での金縛り、まさに黒い影に拘束されてしまったのだ。
『やあ、おはよう、お姉ちゃん』
「え…?」
 そこには女の子がいた。年は私より遙かに低い。小学生の高学年程度だと思う。
 それより、なんでここに小学生がいるんだろうか。それが分からない。そして、何で私は動けないんだろうか。
『あれれ〜。お姉ちゃん捕まっちゃったんだ。ダメだよ一。守らなきゃ。「ろうかは走っ
てはいけません」って書いてあるでしょ』
「こ、これは何なのよ。早く外して」
「だめだよ。これからお姉ちゃんには指導しなきゃ行けないんだから。あの時みたいに」
 パチンと小学生の指が鳴った。
 同時に目の前の光景がゆがむ。空間がゆがむ、場所がゆがむ。壁から、窓から、床から……そして私の体からも血が、にじみ出てくる!
 どくん。
 音を立て、その血は脈動する。まるで生きているみたいに。
「これでお姉ちゃんも私と同じだ、あは、あははははは、あははははっ!」
 その声を最後に意識が切れた。

 その後、しばらくしても帰ってこないということで探しに来たあとの3人に保健室で寝ているところを見つけられたらしい。その時は不思議なことに、何故か保健室のカーテンがもぎ取られていて、その代わりに私がそれに包まっていたらしい。
「しかし、お前のいう『なつき』と言う名前はどこにもなかったぞ」
「そんなことない。もっと、探してよ。絶対、あるんだから、そう、私は見たんだから」
 そう主張しても確かに黒板には「なつき」と言う文字はなかった。ただ、その代わり、誰も消してもいない、私の名前が半分なくなっていた。

 数日後、私は図書館にいた。
 学校の総合の授業で使うもので、自分たちが小学校だったころの事件を調べるというものだった。
 ぺら、ぺらっと、一枚ずつ新聞紙の縮刷版をめくっていく。
「あっ」
 気になる記事を発見した。
 『小学4年女児が殺人』。そこには加害者として『桐生亜夜』が、被害者として『神代夏樹』の文字が書いてあった。

 あれから10年。
 私は今でもその記事を持っている。
 私の過去の記憶。それ以降、私は誰も殺していない。

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